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(画像はWikipediaより)

最近、日本では経営者の能力が議論の対象になっているようですが、経営学の父と呼ばれたピーター・ドラッカーは、著書『マネジメント』のなかで、経営者やマネジャーが経営学の役割をもっとよく理解してくれたらいいのにといった内容のことを述べていました。でも、経営学にはいったい何ができるのでしょうか。

経営学を語る経営者の本といえば、『柳井正 わがドラッカー流経営論』(NHK「仕事学のすすめ」制作班・編)が思いうかびます。ユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井さんはこの本の中で、経営学の役割を少なくとも3つ指摘していると思います。

まず、①ふつうはおぼろげながら感じるしかできない経営や組織のことを、きっちり言葉で説明する、という役割です。
 
ぼく自身は、自分が経験の中で身につけたと思っていたことも、本を読み返してみると全部書いてある。
じっくり読むうちに「ぼくのやってきたことは、なるほどこういうことだったのか、間違っていなかったんだ」となんだか自信が湧いてきた
ぼくは人生の節目節目でドラッカーの著書を読み返し、自分の立ち位置を再確認するとともに、ときには彼の言葉に勇気づけられ、背中を押されてきたような気がしている
20年以上も前に書かれたものなのに、まるでわが社の現状を見ながらアドバイスしてもらっているような気分になる
進むべき道、企業のあるべき本質的な姿を示してくれる羅針盤のような存在だ

次に、②企業理念の作成を手伝うことです。
 
株式の上場にあたって、会社の理念を自分で作り上げなければならない状況だったんです。そのための参考資料にはドラッカーの著書が非常に役にたった。

また、③業界・業種を超えて役に立つ、という役割が考えられます。
 
松下幸之助さんの本も同時に読み返してみましたが…ドラッカーは経営者ではなく、学者という「傍観者」の立場だから、客観的に経営や組織を論じている。どちらも基本的には言っていることはほぼ同じなんですが、理論的な部分ではドラッカーの著書のほうがわかりやすいと感じました。
彼の言葉は普遍的で客観的ですからね。ビジネスの現場にいる人以外にも伝わる言葉なんです。

①のふつうは言葉で説明するのがむずかしいものとは、たとえば「経営者の仕事」が挙げられます。柳井さんの本とドラッカーの本を交互につながりを探すように読んでいくと、経営者に求められる仕事が少なくとも2つは見えてくるように思います。

【経営者の仕事1】「私たちの事業はなにか」を徹底的に考える

柳井さんは、「ドラッカーの著書を読んでいくと「会社とは何か。なんのために存在しているのか」といった本質的なことが明確にわかってくる」といいます。 

企業とは何か…企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的…それは、顧客を創造することである。(『マネジメント』)

ドラッカーは、組織にとっては「私たちの事業はなにか」がもっとも重要であり、その答えを徹底的に考えることが経営者の仕事であるといいます。またその答えは、たとえば①将来のビジョン、②目標、③顧客はだれか、④顧客の目的、⑤自分たちの強み、といったことで構成されると教えています。

ここで「ユニクロの事業はなにか」を簡単に検討するために、上の要素に対応する柳井さんの発言を取りだしてみると、以下のように記述できると思います。

①こういう会社になりたいという将来のビジョン
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」

②より具体的な目標
「世界一のアパレル製造小売業」

③自分たちの商品やサービスを買う顧客
「あらゆる人」
「難民や1日1ドルで暮らしている人、はては大金持ちまで」

④顧客のどんな目的を満足させるか
「最高品質の服を低価格で」(ユニクロ)
「程良い品質の服を超低価格で」(g. u. )
「シンプルかつスタイリッシュな服」を「気軽に買える値段」で(+J)
「ベーシックなデザインで組み合わせ次第ではお洒落にも着れる」
(服は服装の部品であり、われわれが目指しているのはパーツカンパニーだ)
「自分で商品を選ぶことができる」

⑤自分たちの強み
「野菜事業の失敗も、私たちの本当の強みはファッションにある、ということを再認識したという点では意味があったように思います」
(他社がすでに私たちよりもうまくやっているのなら、あえて私たちが参入する意味はない) 

【経営者の仕事2】人の新しい満足を生みだす

また柳井さんには、「お客様が潜在的需要として持っているのに、まだ世の中に存在していないものを形にして、「これなんか、いかがでしょう?」と提示してあげる」という姿勢が一貫してみられます。 

ドラッカーも同様に、人の新しい満足を生みだすことも企業の役割であり、最新のテクノロジーを採用すること自体はそれを達成するものではないと述べています。

…企業の第二の機能は、イノベーションすなわち新しい満足を生みだすことである。(『マネジメント』)
今日イノベーションと称しているものの多くは、単なる科学技術上の偉業にすぎない。(『イノベーションと企業家精神』) 

新しい満足を生みだす有効な方法とされるものに、「まだつながりのないものを組み合わせて、新しいビジョンのもとに統合すること」があります。柳井さんがユニクロのアイデアを思いついたときのエピソードを例にあげて見てみましょう。 

柳井さんはアメリカの大学生協に立ち寄ったときに接客のないセルフサービスによる売り場をみて、「レコードや本だけじゃなくて、こんなふうに気軽に洋服も買えたらいいのに」というイメージが浮かんだそうです。

つまり、「アメリカの大学生協のセルフサービスによる売り場」と「カジュアルウェア」という当時まだつながっていなかったふたつを、「いつでも気軽に服を選べる巨大な倉庫」というユニクロのビジョンのもとに結びつけることで、大きな力をもつシステムが生まれたとみることができると思います。 

経営者・マネジャーと経営学者・コンサルタントはもっと双方向のコミュニケーションを

ドラッカーは、経営学は「期待を裏切っている。その約束を果たしていない。マネジメントの実践に革新をもたらしていない」と指摘していました。もし経営学の責任についてドラッカーが正しく、また、日本の経営者について最近いわれていることにも一理あるとしたら、日本の生産性の問題は経営学者やコンサルタントのせいでもあることになると思います。

もし経営学者やコンサルタントの側に必要な改革については柳井さんがヒントをくれているとすれば、柳井さんは次のようなことを話しています。

巷にはたくさんの経営学の本が溢れていますが、ほとんどの経営学者は理論でばっさばさと切っていくだけで、そこには「人」が存在していない。でもドラッカーの経営理論の中心には「人」がいる。そこがなんといっても彼の著書の一番の魅力なんです。
彼は他の学者とは明らかに違った波乱に富んだ道を歩み、自ら人生を切り開いてきた人物なんです。
身をもって体験した歴史のなかから生まれた言葉や理論だからこそ、いつ読んでもリアルに私たちの心に響くというわけです。
それもふつうの学者ならば、わざと小難しい言葉を使って書くところを、彼の場合は誰にでもわかる平易な言葉だけで語りかけてくれる。

実際にドラッカーは、企業やNPOなどのコンサルタントとしても、2005年に96歳を目前にしてなくなるまで約65年間生涯現役を貫いた人でした。GM(ゼネラルモーターズ)に依頼された調査研究をはじめ、実務家たちと一緒に働いた経験やセミナーで議論した内容を、自分自身の仕事でも試して確認しながら研究を修正・洗練させたといいます。

ここで見てきた「経営者の仕事」と「経営学の役割」は、ほんの一部でまったく不十分だと思います。経営学者やコンサルタントは、経営者やマネジャーに使いこなしてもらえる道具をもっと提供できるように、「経営学がどんなもので、何ができるのか」をしっかりと共有しながら、一緒になって仕事をしていくことが求められているのではないでしょうか。